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警察組織のいびつな上下関係 嘘の調書はこうやって作られた

 



 悲しいかな。大阪府警が昨年、最大級の時間と労力をかけて摘発したのは身内の犯罪だった。前堺署長ら9人が書類送検された虚偽調書作成事件の処分者は、当時の刑事部長らキャリアを含む20人に上り、1つの事件としては異例の大量処分となった。「組織ぐるみの不祥事隠蔽(いんぺい)」と騒がれもしたが、それほど悪質でも巧妙でもない。何より組織ぐるみというほど、一枚岩ではなかった。事を大きくしたのは警察組織のいびつな上下関係と事なかれ体質だった。

 ■「問題ない」うのみの連鎖

 始まりは平成24年12月2日午後6時過ぎ。堺署の留置場で勾留中の男にN巡査長(34)が殴られる公務執行妨害事件が起きた。

 この際の対応をめぐり、上司の呰上(あざかみ)和彦警部補(51)=依願退職=は「このままでは処分を食らう」と過剰反応。事件当時、現場にはN巡査長と相方のK巡査(25)の2人しかいなかったのに、調書上はS巡査部長(46)がいたように嘘を書かせた。「N、Kの若手任せにしてトラブルを招いた」との批判を避けるためとみられる。

 実際に調書を作成していたのは、その日当直に就いていた生活安全課のT警部補(52)と同課のA巡査部長(30)。調書の改竄(かいざん)が問題になるという認識はもちろんあった。だが刑事経験のある呰上警部補に「ええんや」と言われ、引き下がった。

 T警部補は呰上警部補の前では指示に従ったが、当直責任者の警備課長(59)=依願退職=に「正しい調書に戻してほしい」と繰り返し直訴。しかし、警備課長は呰上警部補の「問題ない」との説明をうのみにして不問に付した。最終的にはT警部補も「逆らえない」と調書に署名した。これが第1の虚偽調書作成事件のあらましだ。

 この第1事件だけでも、呰上警部補の暴走を止める機会は何度もあったことが分かるだろう。まずは当事者のN巡査長とK巡査。2人とも不正行為だと気づきながら、警部補の指示に従った。

 「自分の弱さから受け入れた」(N巡査長)

 「ここでこじれると、同じ職場で仕事がしにくいと思った」(K巡査)

 そして、調書にサインしたT警部補とA巡査部長。

 「Kも困っていたので(自分が署名しないと)また呰上警部補に怒られるんやろうなと思った」(A巡査部長)

 だめ押しは当直責任者の警備課長。T警部補が何度も「圧力をかけられた」と訴えたのに、踏み込んで調べなかった。

 程度の差はあれ、それぞれが「おかしい」と感じながら、声の大きな人(呰上警部補)に押し切られた構図だ。

 ■迷走…第2の嘘

 事態はここから大きく迷走する。まず12月6日に行われた公務執行妨害事件の実況見分で、調書の嘘があっさりと露見した。N巡査長が「S巡査部長は現場にいなかった」と正直に打ち明けたからだ。「呰上警部補への反抗心があった」という。ここですべてを話せばよかったのだが、まだ呰上警部補の指示にまでは触れなかった。

 事件捜査を担当していた同署刑事課のH警部補(50)とY警部補(31)は古川正樹副署長(60)=依願退職=を通じ、本部刑事総務課指導官の有田裕治警視(60)に相談。嘘の調書を訂正することで検察側との協議がまとまった。

 なぜこんな嘘をついたのか−。その理由を聞き、調書に記載すればいいだけの話だった。ところが有田警視は「N巡査長らが上司に怒られると思って、S巡査部長がいたと嘘をついた」との訂正調書の「手本」を作り、これから取り調べを行うH警部補に「参考に」と渡した。

 12月15日にH、Yの両警部補がN巡査長、K巡査をそれぞれ再聴取し、訂正調書が作成されたが、できあがった中身は有田警視の手本とほぼ同じ。「呰上警部補の指示で調書を改竄した」という真実はどこにも出てこなかった。これが第2の虚偽調書作成事件だ。

 第1事件と違ってこの第2事件は関係者の言い分が食い違い、いまもって不透明な部分が多い。

 どうして、有田警視は手本を作ったのか。組織にとってよりダメージの少ないストーリーを描き、現場に押しつけたのではないか。

 有田警視はこうした見方を全面的に否定。古川副署長から訂正調書の「聴取の仕方」について相談を受けたため「あくまでサンプルとして親切心で渡した」という。手本を作成した時点では呰上警部補の関与を知らず、従って隠蔽の意図もない、というのが府警の結論だ。

 確かに有田警視が職を賭してまで呰上警部補をかばう動機はない。だが、本部の指導官から調書の手本を示されれば、所轄署が「それが上の意向だ」と忖度(そんたく)してもおかしくない。予断を排して行うべき取り調べの前に手本を見せるという発想も理解しがたい。

 ■白黒つかぬまま

 一方のN巡査長とK巡査は訂正調書の作成を“できレース”だったと明言。呰上警部補の関与をH警部補らに告白していたのに「本部と署のトップが協議した結果。これで行くぞ」と言われ、作文調書に従ったと訴えた。

 これに対し、H、Yの両警部補は「『これで行く』と押しつけたことはない」と2人の説明を真っ向から否定した。N巡査長を何度か呼び出して話を聞いたが「呰上警部補の話は一切出なかった」というのだ。

 手本通りの訂正調書ができあがった理由については「手本を自分なりの言い回しに変えて下書きし、N巡査長を呼んだ。読み聞かせして『これでええんやな、間違いないか』と聞くと、N巡査長は黙ってうなずいて署名した」。K巡査についても同じような反応だったとした。

 結局どちらの言い分が正しいのか。府警は「それぞれ主張を裏付ける証拠がない」とグレーの判定。だがH、Yの両警部補も「署内の噂レベルでは呰上警部補のことを聞いていた」(府警幹部)と認定され、呰上警部補の不正を追及せずに調書を作ったとして、虚偽公文書作成・同行使容疑で書類送検された。

 府警によると、仲井清署長(59)=依願退職=と古川副署長はこの時点でもまだ、呰上警部補の不正には気づいていない。ゆえに署のトップからH警部補らに隠蔽を指示した事実はない。

 ではなぜ、H警部補らが踏み込みの甘い聴取を行ったのか。このあたりの関係者の心理は部外者からすると極めて分かりにくい。

 確かにたった1人の警部補をかばうために、本部の警視クラスが指示して所轄の刑事課員に嘘の調書を書かせるなど、あり得ない。だが最終的にそんな調書ができあがった。おそらく有田警視の手本が一人歩きし、忖度が忖度を呼んだ結果なのだろう。だが、府警の捜査では白黒がはっきりつけられず、釈然としない部分も残る。(文中の肩書は当時)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140101-00000511-san-soci
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すぎはら 美里(すぎはら みり)は、暴走族総長などの経験・気質から、視聴者や歌舞伎町内の人々から相談の絶えない存在となり、現在も多くの相談が寄せられる。とくに女性からの支持が多く、街角で呼止られ、そのまま相談といったケースもある。性格・面倒見が良く姐御肌だが、実はかなり天然ボケである。
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